直截の時間(募集中)

気ままに書きます。勉学(課題の超過)によって停滞する可能性あり、タイトルは募集中だし良いのがあれば変える。

ドラムの「音」が面白いアルバム10選(前半)

曲を聞いてその良し悪しや好き嫌いを判断する時、あなたは何を基準にしているだろうか?

ネットの出典先も不明な有象無象の情報によると、かつてデヴィッド・ボウイは「音楽の善し悪しはコンセプトが一番重要である」と語ったらしいが、それを体現する手段として、歌詞や音色、音楽性などが挙げられる。

あるいはメロディーであったり、リズムや技巧であったり、ヒップホップとなるとサンプリングの楽曲選びのセンスやその引用方法であったりもするだろう。

 

色々と列挙してみたが、意外と忘れがちなのがドラムの扱いだ。

もしビートルズキース・ムーンのように怒涛のドラム捌きでバンドをリードしていたならどうなっていたか?

あるいはデイヴ・グロールのようなタイプのドラマーがカサビアンにいたなら、音楽性はかなり異なり、ジャンプよりもモッシュピットに飛び込むことを選ぶ観客が多数いたであろう。

ドラマーのスタンスはバンド全体のスタイルを根本から変えてしまうほどの影響力があるだけに、その「音」をどうするかは楽曲の方向性を決めるキャンバスにおいては一番下地に来るべき問題だ。

60年代の限られたマイクでの録音環境下で生まれた独特の音色は、ヘヴィーなロックバンドにも丸みを帯びたニュアンスを与え、80年代のゲートリバーブを始めとする派手な音作りは享楽的な時代精神を体現し、多くのフォロワーとアンチを生み出した。

 

以上を踏まえ、この記事ではドラムの「音」が面白いアルバムを10枚選び、発表された時系列順に紹介する。

自分の聞く音楽に偏りがあるため、多くはロックバンドであるが、ミュージシャン自身の音色加工も含めて音楽作品の評価部分となったのがビートルズを起点としているだけに、これは順当な結果なのかもしれない。

 

  

1. Sly & The Family Stone「There's a Riot Goin' On」(1971年)

 

 

言わずと知れたファンクの名盤である本作は、「音質の悪さ」をそのセールスポイントとする異色のアルバムである。バンドが実質解体状態にあり、スライ本人もクスリの影響で磨耗している中、レーベルとの契約消化のためにほとんど1人で制作を行った結果がこの音質に繋がったと説明されているが、ダウナーな作風とその音質はこの上ない相乗効果を生み、アルバム全体に緊張感をもたらしている。

その中で、ドラムも例外なく潰れた音像になっているが、それだけでなく、リズムボックスによって人間の演奏が部分的に排除されてしまっている。その音も解像度の低さのためか、違和感なく溶け込んでおり、生演奏でなくして独特のグルーヴを生むという異例に次ぐ異例状態のアルバムである。

 

2. Led Zeppelin「Houses of the Holy」(1973年)

 

 

来年没後40年を迎える、未だ世界中のドラマーの尊敬を受け続けているジョン・ボーナムだが、バラエティあふれる楽曲が収録された実験作であるこのアルバムでは、様々なスタイルでの彼の演奏を楽しむことができる。

「D'yer Mak'er」のドラムを前面に押し出した録音はまるで昨日録りましたと言わんばかりの生々しさであり、「The Crunge」ではボーナム節の音でファンクをやるという、シュールなようでいて、彼のテクニックに裏打ちされた実に素晴らしい名演を聞くことができる。

どちらかというと音そのものよりもボーナムの引き出しの多さを楽しむアルバムであるが、彼の音がHR/HM以外にも調和することを知るに、もっとも優れたアルバムであるように思う。本作を聞けば何故彼がもっともサンプリングに用いられるドラマーなのかという答えが分かるであろう。

 

3. David Bowie「Low」(1977年)

 

 

インストゥルメンタルだけで固められたB面について語られることの多い本作だが、「パンク・サイド」と評されるA面も無視することは出来ないだろう。

今までのソウル路線を捨て去り、そこで聞こえるのはぶっきらぼうな歌詞に、シンプルを通り越して手抜きにさえ思えるような楽器隊、ブライアン・イーノの調子外れなシンセサイザー。今まで彼が模倣してきたブラックミュージックの作り込まれたアレンジを全面否定するかのような転換において、ドラムの音もまた大きく変貌を遂げている。

来たるゲート・リバーブのプロトタイプとも言える、一音一音が不自然にぶった切られた音作りは、ともすればグルーヴに対する挑発とも取られかねないものであったが、ボウイのルーティンである、「作風が移行してもバックミュージシャンは続投」という人事により、今までソウル路線でバックを務めていたデニス・デイヴィスが引き続きリズムを司っている。その結果、「Breaking Glass」の冒頭のように、寡黙でありながら独特のノリを生む奇妙な音が成立した。

ちょうど同年にボウイがプロデュースしたイギー・ポップのアルバム「Lust For Life」の表題曲でも、今にも飛び出てきそうな迫力のタムの音でモータウンビートを引用し、歴史に名を残しているが、こちらはあくまでも白人がロックを解釈して以降の文脈に則った硬いリズムであった。どちらが良いという訳ではないが、それぞれの志向が対照的に現出した興味深い例といえよう。

 

4. YMO「テクノデリック」(1981年)

 

 

 

「グルーヴを殺せ」なる不穏極まりない目標も、YMOの3人の口から発せられると、それは必然な手法である。

デビュー当初こそライブで無機的なドラムを生身の人間が叩いていることに人々は驚いたものだが、この時期に至るともはや最低限の要素であり、そこからどうリズムを表現していくかという答え合わせを楽しむことにリスナーの注意は振り分けられる。

ドス黒いベースラインとケチャのサンプリングとは裏腹に冷めたリズムを叩き続ける「新舞踊」に、3人の演奏が合わさると何故か体が揺れてしまう「階段」、DTMの萌とも言える人の声のハイハットと缶のスネアが鳴る「灯」。このアルバムの音作りを楽しむだけで途方ない時間を費やしてしまいそうな程、魅力に溢れた1枚だ。

 

5.  Pantera「Vulgar Display of Power」(1991年)

 

 

「パワー・メタル」なる表現で評価される本作は、ジャストな音に加工された80年代の流行の残滓と、来たるグランジブームの中でグルーヴや揺れを捉えた荒い音が持て囃される90年代の予兆との両方を聞き取ることが出来る。

「F*****g Hostile」のように突き進むスラッシュメタルのナンバーと「Walk」のように鈍器の如く重々しく迫り来る楽曲が入り混じる本作で、ドラムのヴィニー・ポールは特徴的なバスドラムの音と共に、弦楽器隊に負けずとも劣らない存在感を発揮している。

手数の多さやシンプルなビートではなく「間」を重視したプレイスタイルと、80年代的音作りの相剋は、後年までの評価に繋がった大きな要因であるように思われる。

 

 

ひとまずこれが前半の5枚である。自分の脳内ライブラリーから引っ張ってきたため、これが必ずしも正解ではないし、全く異なるアプローチでレコーディングやミキシングに挑んだバンドが他にもいるかもしれない。

しかし、ドラムの音というものがどれだけ音楽の「顔」になるか、ある程度分かるような並びではあったはずだ。

 

後半でも引き続き、ドラムの音の重要性が伝わる5枚を紹介していく。