直截の時間(募集中)

気ままに書きます。勉学(課題の超過)によって停滞する可能性あり、タイトルは募集中だし良いのがあれば変える。

2020/10/06

日記をつけることにした。

自分の日常を観察するため、書く習慣をつけるため、精神状態を何らかの形で記録するため、理由は多々あるが、自分の思い悩むところを書き連ねて他人の目(これは自分の目も含む)に晒される状態にすることが一番大きい。

思えばTwitterに内省することのない心情ツイートを延々と垂れ流す精神的汚物としての所業を続けながらも気持ちの核心部分はひた隠しにするという、模範的凡人をやってきた。

ピンク・フロイドザ・ウォールでも他者に心を丸裸にして飛び込んでいくのは命がけの行為であると歌われているが実にその通りで、人は他者と繋がりたがっている癖にいざその場が来るとよそよそしくしたり距離を取ったりしてNOを突きつける。何故なら他人と繋がるというのは異物との融合、自分の消滅であるからそれは根源的恐怖でしかない。だからこそセックスや宗教のような即物的、観念的な繋がりで安心安全な方法で瞬間的に自我を消滅させる。

手が滑った。

果たして自分がどこまで心のうちをつまびらかにできるかは定かではないが(一つには特定の個人を対象とした感情や思考があまりにも大部分を占めているからだ)、少しでも塊を持った文字列、サーバーがある限りアーカイブ化される記録集合体でTwitterよりは前後関係を伴った吐き出しができることを祈っている。Twitter辞めたい。

極力当日に書き切ること(しばらくは以前の記憶を遡行して書いていくこととなるだろうが)、毎日書くなど目標を定めて強制力を持たせないこと、まとまった文字数になったら公開すること、書くことがなくなったら何もしないこと、これらを意識して続けていきたいと思う。数日分もあれば言いたいことはあらかた言い切る気もするが。

 


 

10/06

ニトラゼパムクロルプロマジンのおかげで久々にまとめて5時間以上寝ることができ、久々にスッキリした朝を迎えた(中途覚醒はあったのでまだ快眠とは言えないが)。身体とは恐ろしいもので、たとえそれが不調な状態であっても数日も継続したら以前の調子をいともあっさりと忘却してしまう。もはや7時間以上寝ても二度寝を享受していた堕学生の経験は体から抜け落ち、思考が働かずにやるべきこともやらずに他者に迷惑をかける日々を正常と思い込みかけている。

消化器官もずっと低空飛行であまりにも酷い日々が続いているため、やっと病院の問診を早めることにした。普段から決断の遅い人間だが、不眠を経て更にまともな行動が取れなくなってしまっている。嘆かわしいことだ。とはいえ、繁華街のど真ん中の新しいクリニックでも平日なら当日中に問診予約が取れるのはありがたい。逆に繁華街だから不安障害などの人は来れないというのもあるだろうが。

とりあえず、医者に行くまでの時間に映画を見ることにした。というのも昨日、ほぼ負け戦のマッチングアプリに課金したくがないあまり、TSUTAYAのサブスクのお試し会員を始めてしまったからだ。昨晩から見ていた『人生狂騒曲』の続きを消化(作品に対して「消化」などという動詞は使いたくないがこの際は良いだろう、面白くなかった!)し、『真昼の決闘』(これはアマプラのまもなく配信終了作品)と『デッドプール』を鑑賞したところ、前者の主人公が人集めに奔走しても一人しか見つからずに挙げ句は喧嘩して仲違いする辺りは現在進行形の自分を見ているかのようで、後者といえば視聴中に『エイリアン3』が見放題リストにないか探していたタイミングで『エイリアン3』ネタが披露され、両者のあまりのシンクロぶりに幻覚を見始めたのかと自分の精神状態を疑った。躁鬱と統失は仲がよろしいようで。

問診を受けた結果、睡眠薬をまとめて出してもらえるようになり、最寄りの処方箋薬局に初めて足を運んだ。今までは下宿の近くのドラッグストア内の処方箋薬局を使っていたが、引越しに伴い自立支援の指定薬局欄を変更してそちらに行くこととした。繁華街のど真ん中と先ほど書いた通り、京都の市街地でも目抜き通りに面したその薬局は、80年代的というか、地方の百貨店のような空気感があって、若造としては入りづらさがあったものの、利便性を考えると指定薬局としてはここで間違いなかった。

いざ入ると店内の感じは予想通り、いやそれ以上で、年配向けの薬のポップだけが並んだ区画、カウンター越しに販売員が座って待ち構える美容品売り場が陣取り、客は自分以外ゼロ。明らかに異質な客が来たという空気感の中、一番奥の処方箋受付に向かう。自立支援の変更の旨を伝えると戸惑った顔をした初老の薬剤師に大丈夫かと思いつつ、スナックにありそうな皮張りのスツールに腰掛け、奥に控えた別の薬剤師が調剤を行っているのを脇目に見ながら、先ほど古着屋を回ってもめぼしいものがなかったフィールドジャケットの検索を続けた。

程なく処方された薬を受け取って店を後にしたが、結局その間自分以外に客は来ず、帰りには全ての店員の横を通り過ぎるたびにお辞儀されて見送られるVIP待遇で大変居心地が悪かった。とはいえ既にここを指定薬局にしたのでずっと通うしかないのである。しかしながら道路の向かい側のドラッグストアを指定するような人間ばかりではチェーン店に覆われた味気ない街になってしまうので、多様性を考えるとむしろこちらを選んだのは正しいことなのだ。そんなことを思いつつ薬の入った紙袋を見たら、服薬する状況として印刷された選択肢に精神的なものは書かれておらず、薬の説明はミスプリか同じ文章が二巡して書かれていた。大丈夫なのか。

家の最寄り駅に着いた途端に突然精神状態が荒廃した。はっきりした理由が分からないが、一つにはマッチングアプリのやりとりを見たからであろう。Tinder以外の他のマッチングアプリでは職業や年収などの欄を書く傾向があり、自分が精神疾患持ちの無職と知られたなら無言で関係を切られるのだろうかなどと思ったり、趣味の話がより合うにも関わらず常識的な対応を取られる様に元カノにあった暴力的な面白みを見出せず悲しくなったり、そういう恋愛と人間関係の記号化に辛くなった。日々恋愛に焦がれ、恋愛にしか救いを見出せない自分に嫌気が差し、とうとう生きることへの苦痛になってしまったこの時の波が生涯最大のものであったのは記録しておきたい。余りにも苦しかったがため、即睡眠を取ってやり過ごしたが、これが寝ても起きても継続したらおそらくどこかのタイミングで死を選ぶことは確信できるほどの苦しみであった。自殺する人の大半は「自殺させられる」と思って死んでいるのではないかと思わせる体験であった。

大分と長い日記になってしまった。これを毎日続けられるはずがないので、1日辺り5分ぐらいにはまとめたいものだ。