直截の時間(募集中)

気ままに書きます。勉学(課題の超過)によって停滞する可能性あり、タイトルは募集中だし良いのがあれば変える。

プログレ伏魔殿、King Crimson〜③「キラーヘヴィメタル」

 

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LINEUP 4

 

前回の記事の最後にあった通り、4th「アイランズ」のレコ発喧嘩ツアーを強行した後にFripp以外全員が脱退してしまい、もはや活動中のバンドと呼んで良いのか分からない状況に陥ってしまったのだが、King Crimsonというバンドはこれで終わることを良しとはしなかった。空中分解後、ほどなく招集された今回のラインナップは、クリムゾンの半世紀に渡るバンド史の中でも一、二を誇る人気であり、この時期に出されたアルバムも「プログレの名盤◯◯選」といった企画に高確率で選ばれており、まさにバンドの黄金期だった(今もね!)。特にこの時期のライブは群を抜いて人気であり、数知れないブート、そして公式の配信がその実態を記録している。

 

まずはFripp以外の新顔のメンバーを紹介していこう。

 

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左から右に、Jamie Muir, Bill Bruford, Fripp, David Cross, John Wetton.

 

Jamie Muir(Per, Dr, etc.)

間違いなく歴代メンバーの中でトップクラスの奇人。詳しくは下に貼ってある動画を見て欲しいのだが、ダリと同じカイゼル髭を生やして毛皮を着込み、ヘンテコな歩き方で名前も分からない多種多様な打楽器を打ち鳴らす様は、お近づきになりたくない人種のそれ。鬼才ギタリストDerek Baileyとフリージャズバンドで活動し注目を受ける中、Frippの目に止まり、加入。アルバム制作前のウォームアップギグでは、口から血の入った袋を吐き出すなどの奇行が評判になるが、レコーディング後に仏教修行のため脱退。その後80年代には再びDerek Baileyに音楽界に連れ戻されるが、80年代後期には絵画の方面に進み、機材類は売り払ったと91〜92年ごろのインタビューで語っている。在籍期間はわずかであったが、この後にバンドが打楽器中心のサウンド固執していく様(現在のトリプルドラムが特に顕著)を見るに、彼の存在が幻影としてFrippの脳裏から離れない模様。

 

Bill Bruford(Dr, Per)

プログレに少し触れたことがある人なら知っているかもしれないが、あの「yes」のドラマー、である。yesが名作「危機」を発表し、大物バンドとして名声を確立した後にも拘らず、「より実験的なことが出来る」という理由で、セールスもバンドの安定性も下位であるクリムゾンに移籍。Jamie Muirとの邂逅によって、ドラムセットのパーカッションの種類が一気に増え、プレイスタイルも進化していった様を見るに、彼にとって移籍の判断は正しかったのだろう。クリムゾンには90年代末まで在籍(脱退はV-Drumという電子ドラムの導入に関してのFrippとの対立が理由と言われている)。クリムゾンの活動休止期間や脱退後は、主にソロ活動で本格的なジャズバンドを牽引していた(その他に、U.K.というスーパーバンドを結成したり、Genesisのサポートやyesへの一時的復帰などを果たしている)。還暦を持ってステージから引退し、今はアカデミックな方面での講演会などを行っている。たまに古巣のバンドの楽屋に顔を出してるので、方々と仲は良い模様。

プレイスタイルでいうと、抜けの強いスネアとジャズに影響を受けた複雑なリズムパターン、エレキドラムの「シモンズ」が特徴。パーカッションの増加&シモンズの導入によって、ツインドラム編成の際は立ち上がって背後のパーカッションを叩く姿もしばしば見受けられる。

 

David Cross(Vn, Vla, Key)

すいません、いまいち加入までの背景が分かりません。キャリアとしてはクリムゾンが初めての有名バンドの模様。ヘヴィーなクリムゾンサウンドに呼応するように、管楽器にはないヒステリックな音色をヴァイオリンで奏でていたものの、過激化するライブ演奏に次第にグロッキー状態になり、74年のツアー後に脱退。その後、拙稿で度々登場しているKeith Tippettなどと80年代末にバンドを組んだり、ソロアルバムを何枚かリリースしたり、大学の客員講師になったり、色々とやっているが、あまり商業的に目立った活動は見受けられない。とはいえ、メンバーとは仲違いもなく、歴代のクリムゾンメンバーとはよく共演するので、第6、第7のメンバーぐらいのポジションなのかもしれない。ここ二、三年は、Frippとコラボ作品を出したり、次回記事に登場するTony Levin氏のバンドと来日し、ユニオンの一日店長をやったりと、最近だと一番会いやすいメンバーかもしれない(笑)。

 

open.spotify.com

Frippとのコラボ作品、実はSpotifyにあるのだ。分かりやすいアンビエント作品なので、気を張らずに聞き流すことが出来る柄にもない作品(笑)。

 

John Wetton(Ba, Vo)

前作「アイランズ」の際にFrippに加入を打診されたものの、自身のバンド活動のために断っていた。今度は無事に加入。男臭い枯れた声にワイルドなベースサウンド(クリムゾン在籍時はワウとファズが一緒になっていた安物の凶悪エフェクトを使っていたため、下手なギターよりうるさい)が特徴的。74年のクリムゾンの電撃解散で拠り所を失い、しばらくは様々なバンドを放浪し、セッションミュージシャンとして活動する。その後巻き返しとばかりに、Brufordと70年代後期にプログレ界隈の重鎮を集めてU.K.を結成。しかし、Brufordも抜けてしまい、アルバム2枚で解散。同様に行き場を失っていた元yesのメンバーと元EL&Pのメンバーで、プログレ要素の薄いポップバンドAsia(このバンドに関してはゆくゆくは記事を書きたい)を結成、シングルでは全米1位を獲得し、再びトップバンドに躍り出るものの、今度は自らが脱退(全世界中継の武道館公演は初代クリムゾンボーカルGreg Lakeがカンペを見ながら代役を努めた)。その後はソロ活動などを中心に行っていくことになる。が、2000年代後期にオリジナルメンバーでのAsia再結成からアルバムをコンスタントに発表し、またちやほやされるようになっていた。残念ながら2017年に死去。長引く闘病生活である程度覚悟はしていたのか、亡くなる一ヶ月前に久々にFrippと和やかに話をしていたのがせめてもの救いだろうか…「キミタチサイコダヨー」が来日の時の十八番の台詞でした。

 

なお、メンバーではないものの、作詞はRichard Palmar-JamesというWettonのお友だちが協力している(彼は後にSupertrampに一時在籍)。

 

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春の時点ではもはや解散状態であったのが、秋には早くもメンバーを揃えてステージに立ち(Frippは椅子に座り)、その際に生まれた多くのマテリアルをスタジオに持ち込み、バンド存続の危機とはなんのことやら、クリムゾンの歴代アルバムでも一、二を競う人気の作品を産み落とすこととなった。

 

5th「太陽と戦慄」(1973年)

原題「Larks' Tongues in Aspic」

 

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原題直訳は「雲雀の舌のゼリー寄せ」。どうやらMuirが表題曲を聞いて「繊細なものが腐食物に閉じ込められている」イメージからこの言葉を思い付いたらしい。正直、ジャケットと曲のイメージから安着につけられたような邦題の方が、クリムゾンのB級感とプログレ界隈全般に蔓延るこけおどしっぷりを体現していてしっくり来るのは、自分だけではないだろう。

 

アルバムは「太陽と旋律 パート1」のエスニック風の打楽器独奏で幕を開ける。起伏のない演奏が4分ほど続いた後に不気味に這い寄る、バイオリンの不穏な旋律とギターのフィードバック。2つのリード楽器のテンションを煽るように、先ほどの淡々とした演奏とは打って変わって闇雲に叩きまくるMuir。テンションが最高潮に達したとき、全ての楽器が組み合わさり、今までのクリムゾンの史上、あるいはプログレ」と呼ばれる界隈の中で最もへヴィーなリフが聞き手の聴覚を襲う。

おそらくこの衝撃は、我々の世代でいうところの「Kid A」であろう。ギターロックの未来形を「OK computer」で提示した後に産み落とされたのは、前作の路線の原型をとどめない、余りにも無機質な電子音とロックボーカリストを冒涜するようなループ加工。それに近い大転換を、彼らは1年のスパンで産み落とした。

その後に続く楽曲群も素晴らしく、アルバムを締め括る「太陽の戦慄 パート2」はロックのインストナンバーにおける金字塔とも言える出来だろうが、正直長文レビューを読むより最初の1曲を聞く方がよく分かるので、これ以上は述べない。別にレビューを放棄しているのではないことは、あなたが「Kid A」のレビューを書けと言われたと想定したら、おそらくは伝わるだろう。

 

これがMuirの狂いっぷりを確認できる証拠物件。演奏自体はもったりかつへっぽこでまだまだなのだが、狂気じみた雰囲気を堪能するには十分である。

 

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レコーディング後、Muirが脱退というアクシデントに見まわれるものの、歴史的名盤を作り上げたバンドは絶好調の状態にあり、ヘヴィーさを売りにライブに力点を置いて活動していくこととなる。その流れで、次作はライブの空気感をパッケージ化したいと思うようになったのは当然であろう。

 

6th「暗黒の世界」(1974年)

原題「Starless and Biale Black」

 

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このアルバムは少々特殊な手法で制作されている。どういうことかと言うと、「ライブ音源をスタジオで加工したものと、スタジオで録音された音源が混在しているアルバム」なのだ。もう少し具体的に説明すると、ライブで行ったインプロの音源から歓声などを排し、曲によってはボーカルをスタジオで重ね合わせ、さもスタジオで録ったかのように編集し、歌ものは1からスタジオで録音し、全体としては「スタジオアルバム然」とするように加工されたほぼライブアルバムなのだ。

スタジオでライブの音を再現する」という命題は、次作のレコーディングにおいても引き続くことになるが、この「暗黒の世界」の時点では、スタジオ音源にライブ音源を引き寄せた形であり、ぶっちゃけ「曲としての完成度の低い即興演奏をスタジオアルバムとして商品化するなよ」という感は否めない。

即興が常であるジャズが楽しめるのは、ある程度の型が決まっていてメロディー性もあるから(フリージャズという例もあるが)で、正直いくら絶好調のクリムゾンでも、収録時間の半分以上がインプロであるアルバムというのは、正直辛い。無論、スタジオでちゃんと録音した楽曲は、当時の脂の乗ったバンドの魅力を存分に語っており、曲の長さもコンパクトで、良い感じに「脱プログレ」を果たしていると思うのだが、その楽曲群が箸休めを行ってもまだ、アルバムを通して聞くのはややしんどい。

ただ、初見殺しのアルバムであるといっても、名曲「突破口」だけは語っておかなければなるまい。ライブ音源である「突破口」は、10分越えのインストながら実はしっかり作り込まれた楽曲で、74年まで(つまりこの編成での)ライブではほぼ毎回演奏される定番曲となる。これがとんでもないギタリスト苛めな楽曲で、ストイックにFrippが早弾きを延々と行うのだが、ただの早弾き自慢には終わらず、楽曲としてしっかり起承転結があり、最後にはカタルシスがある名曲だ。74年の解散以降ライブで披露されることはなかったが、なんと、2016年にセトリに復活し、先日発売された「Live in Vienna」の海外盤ボーナスディスクに収録されている。

 

「突破口」、公式が音源出してくれてた...問題の早弾きパートは2分54秒から。メタルの早弾きをイメージしてると凄さが分かりにくいけれども、しんどい運指を黙々と繰り返すよりドMなフレーズが延々と続く地獄。

 

アルバムの質としての云々は別として、当時のバンドの状態をパッケージ化した作品としてはこのアルバムも別に評価が悪いわけではない。ハードなサウンドのクリムゾンを聞きたい人にこのアルバムを勧めないわけでもない。単純に音を楽しみたいだけならばインプロが苦行とも言えなくもないが、インプロだけ飛ばせば良いのである(爆)。

 

スタジオでしっかり録った側の曲「人々の嘆き」。分かりやすいヘヴィーなサウンドとそうはいってもところどころ変則的な展開、そして落ち目になったバンドマンの嘆きの歌詞。プログレバンドとしての矜持と革新への熱意が見えてくる曲だ。

 

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そのままバンドの勢いは止まることなく、バンドは4人編成のまま、74年になってもツアー漬けの日々が続く。特に春から夏にかけてのUSツアーは語り草となっており、ヨーロッパより荒々しい観客の反応(自分の聞きたい曲を絶叫するなど)にバンドが感化され、より凶暴な、鎮めることのできない怪物と化していくのである。しかし、暴力的な演奏の日々に4人全員が耐えきれるわけではなく、ロック畑の外からやってきたヴァイオリン担当のDavid Crossが精神的に追い詰められ脱退。その後バンドは欠員を補充することなく、脱退した旧メンバーなどをゲストに迎えて70年代の最終作を制作する。

 

7th「レッド」(1974年)

原題「Red」

 

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このアルバムも「プログレ名盤20選」などではお馴染みである。クリムゾンのアルバムでは唯一バンドメンバーがジャケットに写っており(プログレは物語調のコンセプトアルバムが多いだけに、メンバー自らが自己主張するジャケット写真は珍しい)、聞かずともデビュー時からのバンドの体質の変化が明確に分かる。

 

さて、内容は想像通り、今までの自称「キラーヘヴィーメタル」路線の集大成であり、冒頭の表題曲からギターを幾重にも重ねた(クリムゾンでは初めて本格的にマルチトラックを活用したアルバムらしい)重いリフが耳を襲う。

 

表題曲「レッド」。実は裏ジャケットはスピードメーターがレッドゾーンに振り切れている写真なのだが、楽曲もバンドが危険領域に入ったことをイントロ3秒で教えてくれる。ここまでシンプルに獰猛であったのだ。

 

その後の2曲はややポップな歌入りの楽曲ではあるものの、基調にあるのはあくまでも3人のヘヴィー音のぶつかり合いであり、ギラギラしたバンドの空気感が伝わってくる。

その後、B面冒頭のインプロで箸休めした後に、プログレ好き芸能人の代表格、高嶋政宏の音楽関連での芸名「スターレス高嶋」の由来である「スターレス」がアルバムの最後を飾る。74年までのクリムゾン、ひいてはプログレブームそのもの(70年代半ばから大御所のプログレバンドがこぞって低迷期や休止期に入り、入れ替わるようにパンクバンドが勃興してくる)を締めくくるこの曲は、バンドが最高潮に達していることを端的に示唆していると同時に、それが決して長続きしない、尋常ならざる緊張感による産物であることをも露呈してしまっている。

 

ド演歌な出だしから厨二病歌詞、地獄のように繰り返されるインプロパート、そして爆発...真っ当なプログレバンドならこんな単調な展開には耐えられずにしっちゃかめっちゃくな構成に変えてしまっていただろう。当時のクリムゾンの緊迫感に乗っかって生まれた名曲だ。

 

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Ian McDonaldとMel Collinsのゲストとしての復帰、そしてMcDonaldの正式メンバーとしての復活の案、新たな世界ツアーなど、バンドを取り巻く状況はかつてなく盛り上がっていたにもかかわらず、他のメンバーに相談もせず、発売日直前にFrippが解散を宣言をする。メンバーにも当時のファンにも寝耳の水であっただろうが、今となっては73年から74年のライブの記録が潤沢すぎるほど手に入るだけに、演奏の変遷を聞いていくとこの解散劇は必然的であったことが伺える。

精神をすり減らして鳴らす音。そこに興奮はあれど、平穏はない。かくしてクリムゾンは70年代の活動の終止符を打つこととなった。