直截の時間(募集中)

気ままに書きます。勉学(課題の超過)によって停滞する可能性あり、タイトルは募集中だし良いのがあれば変える。

プログレ伏魔殿、King Crimson〜④「脱プログレ、ミニマムとニューウェーブとの邂逅」

1974年に解散後、クリムゾンが再び動き出すのは1981年。その間7年に及ぶRobert Frippの動きを無視して、80年代以降のクリムゾンの音楽の変遷を理解することは難しい。自分も詳しいわけではないが、軽く説明しよう。

 

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LINEUP 5

 

1974年にKing Crimsonを解散した後、Frippは同年のアメリカツアーの音源を発売すべくRoxy Musicなどで活躍するバイオリニストEdi Jobsonを呼び出し、メンブレでヘロヘロな演奏になっていたDavid Crossの演奏を彼の演奏に差し替え、「USA」というタイトルで発売(これも名盤だが、リマスターに際しての曲追加やテイク変更などがややこしいので説明は割愛する)した後に、ミュージシャンとしてのキャリアに一度終止符を打ち、かねてより興味のあったグルジェフ〜J.G.ベネットの系譜の神秘主義思想へと傾倒していく。

 

Frippは今までの名声を放り出して世俗と距離を置こうとしていたのだが(実際、その傾向は80年代後期にGuitar Craftsという形で結実するが、後の話である)、周りのミュージシャンがそう簡単に見逃すはずもなく、Brian EnoDavid BowiePeter Gabrielなどの面々が彼とのコラボを要請し、特に前者二人との組み合わせは、「"Heroes"」という歴史的名曲という形で世に出ることとなる。また、Peter Gabrielのソロデビュー作の参加後、リリースツアーでは「Dusty Rhodes」という変名で客席からは見えない形でバックメンバーとして参加するなど、当初の計画とは裏腹にクリムゾンのリーダーの頃と変わらず、活発に音楽活動を続けていくこととなる。

 

70年代後半には活動拠点をNYに移し、先述のPeter Gabrielの2ndのプロデュース、Daryl Hallの「Sacred Songs」のプロデュース(内容があまりにも非商業すぎるため、会社側によって一度ボツにされる)、自らの初ソロアルバム「Exposure」を作成する。後にそれらを「MOR三部作」と自称するのだが、MORとは「万人受けする(middle of the road)」という意味で、プログレを聞いていない人間が聞くと首を傾げたくなるような中身ではあるものの、彼の音楽を追っていくと、NY移転を機に一気にモダンで洗練された音になっているのは明確である。

 

また、活動はこれらだけにとどまらず、Talking HeadsBlondieへの客演などのニューウェーブとの関わりや、ミニマムミュージックの大家であるTerry Rileyなどが始めたテープのループ再生を発展させた「Frippertronics」を用いたソロツアーなど、Frippの音楽性はクリムゾンの活動休止期の方がむしろ目覚ましい変化を遂げている。その中で80年代のクリムゾンはその顕在する瞬間を待ち構えていたのである。

 

さて、クリムゾン休止期間中に(といってもクリムゾンが復活する直前の話だが)彼が主体となって組んでいたバンドは2つ。The League of GentlemanとDisciplineである。前者はXTCなどのメンバーを加えたバンドで、後者はThe Talking Headsなどで活躍していたミュージシャンを含んだバンドであり、いずれにしても80年代の音楽シーンとの繋がりが端的に分かる顔ぶれである。

 

そして、その後者であるDisciplineであるが、結論から言おう。これが80年代のクリムゾンである。当初はクリムゾンの看板を掲げて活動するつもりはなかったのが、大人の事情やあれやこれやで、急遽今までと音楽性がガラッと変わった最新型キングクリムゾンが爆誕したのである。

 

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左から右にAdrian Belew, Bill Bruford, Tony Levin, Fripp.

 

新顔は以下の通り。

 

Adrian Belew(Gt, Vo, Dr)

ひょうきんなパーソナリティーと調子の狂ったギターフレーズ、そしてお世辞にもうまいとは言えないねちっこいボーカルスタイルで、従来のプログレファンのバッシングをくらった80年代クリムゾンの顔。そもそも自分のいるバンドをクリムゾンと認識してなかったのだから理不尽な話だ。

実はすごい経歴の持ち主で、鬼才Frank Zappaに拾われてバックバンドとして活躍していたところをDavid Bowieが見初めて強奪し、自らのバンドメンバーとして70年代後半のワールドツアーに連れ出し、Bowieと交流があったBrian EnoがThe Talking Headsに客演(アルバム「Remain The Light」のぶっ飛んギターソロは彼によるもの)させ、そこをBowieとEnoとThe Talking Heads全部と関わりがあったFrippがお買い上げ…というわらしべ長者もびっくりな流れがあったのだ。

クリムゾンでは最も長い間在籍したボーカルだが、2008年に行った40周年ツアーのウォーミングアップギグの後、ソロツアーを入れてクリムゾンのツアー日程をぶち壊したことでFrippを怒らせてしまう。その後仲直りはしたものの、2013年以降のクリムゾンのサウンドコンセプトには相容れなかったため、招集されなかった。

脱退前後の数年に着目すると、一瞬NINのメンバーに抜擢されたり(リハーサル時に文字通り「音楽性の違い」から脱退)、Pixer作品で映画音楽デビューしたり、なんやかんやと充実はしている。今年の春はGizmodromeというThe PoliceやLevel42のメンバーが集まったスーパーバンドで来日した。ちなみにTOKIO坂本龍一のアルバムに客演している。

 

Tony Levin (Ba, Chapman Stick)

僕の推し。スキンヘッドと潤沢な口髭というインパクトのある見た目よりも更に強烈なのが、彼の操るChapman Stickという10弦の珍妙な楽器である(下にある「エレファント・トーク」のライブ映像を参照)。簡単に説明するとギターとベースの間の子のような楽器で、ピックではなくタッピングや弓で音を鳴らす構造であり、両手を駆使して伴奏とメロディーを同時に鳴らすことが出来るため、ピアノのようなスグレモノである。

タッピングやスライドのニュアンスの妙や、まろやかでコンプの効いた音が特徴的である。Peter GabrielSledgehammerDavid BowieWhere Are We Now?のベースラインを聞けば、僕の言わんとする意味がよく伝わるだろう。名前を伏せられていても演奏を聞けばそうと分かる、記名性の強い奏者だ。

元々ゴリゴリのクラシック志向の音大生だったのが、仲間のSteve Gaddに誘われてフュージョンの道に進み、その後セッションミュージシャンとしてロックの分野に足を踏み入れる。John LennonPaul Simonなどのアルバムの演奏で評価を博し、一方でプログレ界隈では元GenesisPeter Gabrielのソロ活動に1stから今日に至るまで全て参加している(ツアー日程はクリムゾンと互いに忖度するレベル)。

その他の様々なロックミュージシャンのバックの他に、Liquid Tension Experimentというゴリゴリのメタルバンドとしての活動や、SMAP黒沢健一など日本人ミュージシャンへの客演もあり、彼無しで20世紀のポピュラー音楽は語れないと言ってもあながち過言ではない。更に、自らのバンドStick Menでも精力的に活躍し、David CrossやMel Collinsなどをゲストに迎えて来日するなど、クリムゾンファミリーの中では一番日本に来る。それでもって、ライブ後は原則サイン会をしてくれる。本当にいい人。いい人すぎて「何も主張しないことでバンドの人間関係に貢献した」とか言われるレベル。

彼もBelewと同じくスケジュール調整に失敗して2000年には脱退するが、2003年には復帰し、今日まで在籍している。

余談だが、彼はネット黎明期からブログをずっと続けているので、楽屋裏の写真など他のメンバーのオフの姿が色々と見れて面白い。

 

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ここまで律儀に文章を読んでいただい方にはもはや想定内であろうが、彼らが産み出した数年ぶりの音楽は、クリムゾンそのものだけでなくプログレの枠組みすらを逸脱した路線であり、多くの批判を生み出すと同時に、ファンの凝り固まったプログレへの執着心を露呈させる問題作となった。

 

8th「ディシプリン」(1981年)

原題「Discipline」

 

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見るからにプログレらしからぬ情報量の少ないジャケットだが、実はJoy DivisionNew Orderの名盤を手がけたPeter Savilleがデザインを担当しており、ケルトの結び目細工をフィーチャーしている。一見シンプルだが、複雑きわまる構造。まさにこのアルバムの音楽性を象徴した名デザインだ。

 

簡単に述べるとこのアルバムはミニマムミュージックvsニューウェーブ の二項対立であり、さらに掘り起こすとポリリズムったりシンプルなドラムビートだったり民族音楽風のパーカッションだったりが去来する。その詳細について、逐一述べていこう。

 

いきなり出落ちな「エレファント・トーク」でアルバムは幕を開ける。

 

 

動画を見るのが一番手っ取り早いのだが、全員中全員浮いてる(ドラムはパーカッションが異常に多いぐらいで比較的まとも)。

いきなりTony LevinによるStickの独奏から入り、ピンクスーツのAdrian BelewのノリノリのストロークMuseのMatthew Bellamyがよくやるギターのヘッドで弦をかき鳴らす奏法は実はBelewの十八番であったりする)、スーツにネクタイをビシッと決めたどう見ても会社帰りのRobert Frippによる無機質なフレーズの伴奏。

挙げ句の果てには歌詞がバースごとに「Aから始まる単語」→「Bから始まる単語」→...と羅列している全く意味のない構成であったり、曲名から象の鳴き声をギターで再現してしまうという、あまりにも馬鹿げたアレンジをぶち込んでしまうこの曲を聞いた当時のリスナーの衝撃や、ご心中お察し申し上げるしかない。

 

そんな聞き手の反応など御構い無しとばかりに「フレーム・バイ・フレーム」では、バンド史上初のツインギター編成を活かした、人間シーケンサーと化したFrippと賑やかし要員Blewの絡みの後に、2人してミニマムなフレーズを補完するように弾き出す。と思えば2人が異なる拍子に準じ、整合性のあったアンサンブルは分断されていく(この詳細については検索すると色々と出てくるので、気になった方はお調べください)。音の厚みの面でいうと、70年代と比べると驚くほど淡白な構造なのだが、テクニック面でいうと過去最高にえげつないことをしている。そこに地の底から発せられるようなLevin氏のコーラス(これもクリムゾン史上初の試み)が入るシュールさには笑うしかない。

 

まさかの日本語バラード「待ってください」の後に来る「インディシプリン」は、アルバムタイトル「ディシプリン(=規律)」の対義語なだけに、混沌極まるバンドの演奏が展開される。暴力的なBelewのギターに呼応するかのようなBrufordのドラム、その一方で淡々と弾いているLevinのベースラインの対比はライブだと更に際立つ。「I like it!」という叫びとともにA面は終了する。

 

嫌われ者であったBelewがBelewたる様をよく確認できる映像。曲自体起伏の激しさが異常であるのに加え、彼のボーカルや挙動も躁と鬱を行き来し、聞き手の理性を奪っていく。

 

B面冒頭を飾るのは、強烈なジャングルビートから始まる、ダンスソング「セラ・ハン・ジンジー」(タイトルは「Heat in the Jungle」のアナグラムで、ジャングル=NYの暗喩である)。Belewが素材集めに屋外で録音しようとした際に柄の悪い2人に絡まれた実話を、オチもつけて再現VTR風に話している。そのナレーションもさることながら、バックでずっと暴れているBelewのソロを聞いているとお腹いっぱいである。

 

後のライブではナレーション部分は再現されず、Belewがひたすらソロを弾き倒している。先ほどの番組ではちゃんと喋りつつソロを弾いている。曲単体の動画が見つからなかったため、4:51〜からご覧ください。後、7:40辺りからBelewが意味不明なことしてるので是非ご覧ください。

 

その後、民族楽器風のエレキドラムにギターシンセが絡む「ザ・シェルタリング・ス会」が続くが、正直無駄に尺が長いだけで面白くない。アンビエントっぽく広がる音像に酔いしれるにはギターが前衛的すぎるし、前衛性を求めるにはアンビエントで地味である。

これはクリムゾン全期を通じて言えることだが、ゴミも含めてとにかく大量に作り出した中から再構築して珠玉の作品を作っているうちに、ゴミにも愛着が湧いてしまってそれを正式に録音する傾向がある。この曲もライブで即興でやっているなら面白いが、わざわざアルバムに収録するクオリティーとは言えない。

 

前曲の苦行の後に来るアルバム最後の曲は「ディシプリン」、80年代クリムゾンを代表する名曲である。完全にスティーブライヒの影響下にあるミニマルフレーズの掛け合いから徐々にそれぞれの拍子に分裂(これもライヒの十八番)し、支離滅裂のようで整合性のあるアンサンブルに変遷していく様は、やはりこのバンドは字義通りの意味で「プログレッシブ」なバンドであることを痛感させる。

 

 

聴き比べてみるとまんまなのだが、ロックというフォーマットでライヒを再現してしまう点と、他のプログレバンドが古き良きクラシックに拘泥していた一方で現代音楽に手を出した点で、追従するバンドはいない。

 

以上、全曲解説してしまったが、それに値する衝撃性とコンセプトを兼ね備えたアルバムである。Belewのアクの強さがたたって、当時は相当不興を買ったアルバムだが、流行への安直な回帰ではない、プログレからの当時のシーンへの回答として捉えると、クリムゾンが他のプログレバンドから頭抜けた存在であったことが分かる1枚だろう。

 

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この後、初来日公演で「レッド」を「あ〜か〜」と曲紹介してBelewは袋叩きにあう話は置いておいて、クリムゾンとしては異例である「メンバー変化なし」のままアルバムを2枚出して、84年に解散する。Frippが後年「残り2枚は契約のために出した」と言っているだけに、2枚のしりすぼみな感は否めない。字数も膨らんでいるので、残りは簡潔にレビューしよう。

 

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9th「ビート」(1982年)

原題「Beat」

 

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タイトルの由来は実は音楽用語ではなく、「ビートジェネレーション」の「ビート」である。そのため、曲名などそこかしこにビートジェネレーションの作品や登場人物などを引用しているが、僕自身そこまでビートジェネレーションに詳しくもないので、割愛させていただく。

 

アルバム全体を総括すると、「二匹目のドジョウ+αにしようともがいた何か」である。

1曲目のイントロが前作まんまでずっこけ間違いなしだが、ドラムの「ビート」はかつてなくシンプルであり、前作から更に80sナイズされた音を目指そうとしている努力の跡は伺える。テクニックの面からして同路線のバンドが競合する余地がないのは明白であるし、安直に同じ路線でアルバムを出し続けていても別にそこまで叩かれる要素はないと思うのだが、いかんせん今まで衣替えをしてきたバンドなだけに、同じことをやるのは許されないのだ。

 

そうはいっても「ウェイティング・マン」の間奏はどう聞いても「ディシプリン」だし、「ハートビート」は何のひねりもないポップソングで、「流行の音をクリムゾンが再解釈する」というコンセプトありきの曲である。挙句に、アルバム最後の「レクイエム」は、1979年にFrippがソロで行ったFrippertronicsのツアー音源に他のメンバーがオーバーダビングでガチャガチャする曲で、完全な無秩序ノイズであってアルバムを締めくくる気ゼロである。

 

それでも、バラードの「2つの手」は「待ってください」よりも僕の中ではお気に入りだし、「サートリ・イン・タンジール」(サートリは「悟り」のこと)や「ニューロティカ」のスリリングな展開は前作からの進歩だとか関係なくワクワクする。

 

アジアテイストを感じるStickの幻想的な独奏からFrippが「いつまでも俺のターン」とヒステリックに弾き倒すのだが、果たして悟りは開けるのか??

 

なんだかんだで楽しめる。それがこのアルバムの無難な落とし所だろう。実際、Frippは途中でやる気をなくした一方で、BelewとBrufordは自信作のつもりだったらしい。後追いでFrippのヴィジョンがはっきり見える今だからこそ、厳しい評価にはなるが、当時の刻一刻と変動するロックシーンの中でこのアルバムが投下されたこと自体は結構ワクワクする事象だったのではないか。

 

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10th「スリー・オブ・ア・パーフェクト・ペアー」(1984年)

原題「Three of a Perfect Pair

 

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ここまで来ると、開き直った感のある作品。「モデル・マン」や「マン・ウィズ・アン・オープン・ハート」を聞けば、彼らが「プログレ」にこだわってないことは明白だ。今までアンサンブルの妙を楽しんできたリスナーには何一つ面白みのない曲群だが、80sの一バンドとして聞いてみると、ところどころに妙な個性が浮き出るニューウェーブサウンドの楽曲として機能しており、とても面白い。69年デビューのバンドがバリバリのニューウェーブをやるということ自体がある種の芸術作品であり、その外枠に拘りすぎたFrippが細部まで発展しきれずメンバー内で最もやる気を喪失したというのは大いなる皮肉だ。

 

そういう文脈と関係なくかっこいいのが「スリープレス」。ベースのスラップにディレイをかけ、さも畳み掛けるように怒涛の破裂音を披露しているイントロが無条件にかっこいい。ヴァンヘイレンがコピーしたというエピソードがWikiに書かれていて有名だが、聞けばさもありなんと同意できる名曲だ。惜しむらくは、セールス的にちゃんと「クリムゾンのポップ化」を履行できなかったことか。

 

実はPVも存在する。メンバーがちゃんと演技してるので面白い。そこまで気合い入れたんだから売れて欲しかったけど、Belewの歌メロがねちっこくて胡散臭いのは弁解しようがない。

 

なお、A面は上記の曲が入っているポップサイドで、B面は当時の流行を取り入れたインダストリアルサイドという構成で、ぶっちゃけB面は苦行である。インダストリアルの素晴らしさはあそこまで商業性のない音楽でありながら熱心なリスナーを獲得する芸術性の高さであり、その取り柄を模倣しているなら、歴代のクリムゾンのインプロはもっとすごいことになっていただろう。

 

と、ここまで来て、最後の曲はまさかの「太陽と戦慄 パート3」。

お前、最後の最後に懐古路線かよ!と盛大に突っ込みたいのは山々だが、70年代のテイストを継承しつつも、疾走感の中で単純なビートが鳴らされる様は換骨奪胎そのものであり、新機軸を見出せずに潰えていった80年代クリムゾンの断末魔としては最高の遺作といえる。この後、太陽と戦慄はパート5まで作られるのだが、その時期のコンセプトをかつての代表曲のセルフパロディーによって浮き彫りにする試みは、その時点での音楽性を紹介する恰好の機会となっていく。

 

80年代クリムゾン最後のライブを収録した「アブセント・ラヴァーズ」より。この公演は「原曲の1.2倍のBPMで演奏しないと死んじゃう病」に罹患しているので、汗の飛び散る様が生々しく想像できる白熱の演奏が聞ける。

 

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以上、クリムゾン休止中の空白の7年とその後の4年の活動期間を足早に追ってみた。

当初のコンセプトが強烈すぎてその後の作品を作るにあたってスランプに陥った、というのが80年代クリムゾンの世間的な評判であるが、ニューウェーブ的枠組みで見ると必ずしもそうではない、というのが僕の中での位置付けである。もっとも、80年代の音楽シーンについて僕は詳しくないので、クリムゾンが相対的にどれだけ画期的な音を鳴らしていたのかはあまり分からない。

ただ、「プログレ」という当時すでに陳腐化していた観点だけで判断していては、無意識のうちに捨象される特性もあるだろう。他のプログレバンドが耳障りのいいポップ路線に転向した中、ジャンルそのものに問題を提起し、真っ向から喧嘩を売っていた点で、当時のクリムゾンは「パンクバンド」と呼んでもあながち間違いではない。マイルスデイヴィス然り、ブラックサバス然り、あるジャンルのパイオニアは自らをそのジャンルで括られることを忌み嫌うが、クリムゾンも御多分に洩れず逸脱の道を突き進んでいくのである。