直截の時間(募集中)

気ままに書きます。勉学(課題の超過)によって停滞する可能性あり、タイトルは募集中だし良いのがあれば変える。

デジタルとアナログの狭間で響く意思

Bon Iverの新譜「i,i」を聞いただろうか?

今までのアルバムの集大成と言われるサウンドは、内省的な歌詞を歪め、切り刻み、ある時は剥き出しのまま底抜けに明るいバンドの真正面に放り投げて晒し出す。

そのどこまでも生々しい主題を無機的なノイズと有機的な楽器の演奏で表現する彼(ら)の音楽を聴くたびに思い出す音楽がある。

 

Peter Gabrielの「Up」だ。

 

 

2002年に発表された本アルバムは、1975年にGenesisを脱退し、ソロとして7作目となるオリジナルアルバムであり、現在のところ(そしておそらくこのまま)最後のオリジナルアルバムとなっている。

 

70年代にプログレッシブロック界のカリスマとして、80年代にはポップス界のスターとして世を風靡したミュージシャンの50歳を越してのアルバムであり、更には80年代からめっきり作品を発表しなくなったこともあり、世間での知名度は恐らく大分と低いであろう。

 

だが、老齢に達しつつあったミュージシャンの創意性として本作は目を見張るものがあり、誤解を恐れずに言うならば、彼のコンポーザーとしての最盛期はこの頃であった。

インダストリアルやヒップホップ、R&Bなどのサウンドを咀嚼した上で、内省的なテーマを写し出す手段としてそれらの音が必然的に引用され、適切に用いられている様は、数年後にBon Iverが試みたフォークミュージックとデジタルの融合に先駆けるものであった。

 

1つ、アルバム冒頭の「Darkness」の構成を記述してみよう。

 

 

冒頭で静かに刻まれるドラムマシンの秩序を突如遮り、無軌道に暴力を振るうデジタルノイズと非情さを上乗せするように響き渡る高圧なストリングスの重層構造が鳴り響く時、そこに非力なる人間の出る幕はなく、嵐が過ぎた後に登場する声は、地上を窺い怯えながら生きるカタコンベの住人のようである。そこで歌われる歌詞の主人公は外部に出ることを恐れ、ただ自らの世界に閉じこもることを望む。一瞬現れるピアノの儚くも美しい旋律は再びノイズの嵐に巻き込まれ、声は電波越しに聞こえるかのように隔てられる。しかし、ピアノとノイズとの間の揺れ戻しを繰り返していくうちに、主人公は少しずつ恐怖を克服していき、曲は歪な笑い声のサンプリングと共に穏やかにフェードアウトする。

 

 

ここまで読むぐらいなら聞いた方が早いかもしれないが、文字に起こすことで、如何に彼が音を統べることに長けているかが見えてこないだろうか。

デジタル=人間を阻む存在、アナログ=とある個人の意思という単純な二元論に留まらず、丸みのあるドラムマシンの打ち込み音に、血の通わないようなストリングスがその構造を複雑にし、絶妙な感覚を生み出している。

 

「Darkness」然り、本作はチープなオルガンの打音やジャジーなリズム隊など、アコースティックな音を適切に織り交ぜながら進行し、死や喪失などの重々しい感情を丁寧に描いていく。

ただ、主役はあくまでもデジタルなサウンドであり、過去の作品よりもパーソナルな主題の増えた本作でこのような手法が取られたのは、デジタルな音に対してアコースティックな音をぶつけることによる感傷性を彼がしっかりと捉えていたからだろう。

 

本作の発表後、オーケストラでのセルフカバーや相互カバーを前提とした企画アルバム(それこそBon Iverも彼のラブコールを受け、曲目に名を連ねている)でお茶を濁し、ツアーもそこそこに、長年続けてきたワールドミュージックのイベントのオーガナイザーとして、裏方での仕事に専念してしまっている今日この頃であるが、もし「Up」の質と作風を保ちながら、いくつか後続するアルバムを作っていたならば、インディーロックの目指すカリスマとして第三の全盛期を迎えていたのではないか、などと妄想してしまう。

 

6〜7分の曲が続く作品なだけに、とっつきにくいと思うかもしれないが、難解さはなく、それこそBon Iverの3rd同様、夏に襲われる寂しさを包み込んでくれるアルバムだ。

 

 

この作品がもっと聞かれることを切に願う。

 

 

P.S.余談だが、2016年から2017年にかけて4曲ほど突発的に新曲を発表している彼だが、特に「Everybird」という曲が2002年の頃から変わらない作曲センスを見せているので、ぜひ聞いてほしい。