今は夢が救い。別に現実逃避的な内容ではないが。
朝起きての気分は月曜以来最悪。会社ではお腹を壊した。数式などが読めない。
昼休みに公園で日記を書きつつぼーっとする。数少ない救われる時間。
聴く力、待つ力、執着しない力。似非仏門に下るかな… 本当に要らない。
流石に体調も崩して何もわからない期間を維持していられない。ラインでお酒の場を誘った。月曜に会ったときに私から傷つく感じが減っていたと思うのならば、ちょっとだけでも信じてみてくれたら嬉しい、となりふり構わない。会えたら良いのだ。執着心を減らす。フラットになっていく。何でもすると謂って重くはならない。
通院を理由に早抜けして各駅停車で帰った。これほどにまで通過待ちをするのか。この駅想像以上に開発されてる。そして各駅停車は終点まで着かない。知らないことを知れた。各駅停車に乗ることはラインで締めに伝えた。
ラインの通知は社内では切り、退勤後からつけた。返事が今くるかもしれない。断られるかも…あるいは当面NGかも… 何もわからないことは怖いが、未来が自分の思い通りにならないことが怖いのか?
一人で反省して思う所。
「――さんは〜と思ってるかもしれませんが〜」の断定をしない。私はこう思うと言うならちゃんと同じ問いを投げる。嫌なところがないか細かく聞く。ウザがられないレベルまではとにかく意識する。
しんどくならないように薬局の処方待ちに等間隔で一人鬼ころし。カップルがどれだけいても惨めにならないので、ただあの人がいてくれたら良いというだけ。川を見ていたらどれだけでも時間を過ごせるというあの人。あの人を見ていたらどれだけでも時間を過ごせる私。ワタシ。
詩を読みたい、もしかしたら詠みたいと思っていた。みんなに伝わる言葉を紡ぎ合わせて誰にもは伝わらない言葉にすること。そう自分から言う前に、人様にオススメされた。イタリアの詩人のクァジーモドを勧められたので全詩集を注文。そういや今年の彼女への誕生日プレゼントはルバイヤート(本)とルバイヤート(白ワイン)。
このブログも断章的になって事実と心境がないまぜになったものになるのも良いなぁ。
彼女が友達に戻ってくれたら(それが現実的な最善なのだろう)、過度なスキンシップではなく、呼吸のタイミングを合わせるとか、手を握ったまま何も言わずにただずっと横にいるとか、そういう言葉ではないコミュニケーションをいっぱいしたい。各駅停車の究極は徒歩だ。いつかは恋人に戻りたい、ハグしたい、おうちデートしたい、旅行したいしかないが、信頼を回復するその頃には執着心を捨ててどちらでもになっていたいな。
坂本龍一の鼻息と自分の鼻息を合わせることが今は一番の幸せかもしれない。
p.s.
恋人か友達かの結論が出せずに前回帰ってしまったことに引け目を感じつつも、ちゃんと会ってくれるらしい。ずっと仲良くできるなら何でもいいよ、とまで潔くはないけど、嬉しいです。